Upcoming Exhibition.gif

th_shinohara_2006_Gold_and_Silver_from_Acacia_001_keizo_kioku_l
©Ushio SHINOHARA 「あかしあの金と銀」、2006、キャンバスにアクリル

 

portrait
Photo by James Ware Billett

 

篠原有司男 個展 「我輩の絵にパンチが炸裂!」

2017年3月11日(土)〜4月22日(土)
開廊時間:11:00 – 18:00(火/水/木/土)、11:00 – 20:00(金)
日月祝休廊
オープニングレセプション: 2017年3月11日(土) 18:00 – 20:00
ボクシング・ペインティング パフォーマンス: 2017年3月11日(土) 19:00 –

 

わたくしども山本現代では、来る2017年3月11日から4月22日まで、篠原有司男 個展「我輩の絵にパンチが炸裂!」を開催いたしますのでご案内申し上げます。

 

1932年に東京に生まれた篠原有司男は、東京藝術大学在籍中の1955年「第7回読売日本アンデパンダン展」への参加を皮切りに、60年代安保闘争など戦後激動の社会情勢の中、国内で吹き荒れた反芸術運動を代表する前衛グループ「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」の一員として、ひときわ激しく常識を覆すアクション、作品制作を行ってきました。グループの中心的人物だった篠原は、当時ジャスパー・ジョーンズや、ロバート・ラウシェンバーグの「コカコーラ・プラン」をそっくり模したタイトルも同じ「コカコーラ・プラン」と名付けた一連の「イミテーション・アート」や、日本の伝統的世界観とポップ・アート風の表現を掛け合わせた、極彩色で描かれた顔のない「花魁シリーズ」など、話題作を立て続けに発表します。

 

これと並行して59年頃から丸めた布に墨汁を染み込ませ、屋外の地べたに広げた布にそれを落とし、跡をつけたり、シャツを脱いで手に丸め墨に浸して、アトリエの塀にひっかけた麻布や紙をパンチしたりなど、身体的アクションを実践していきます。
後にこれが「ボクシング・ペインティング」と名付けられ、彼の代表作となっていきますが、作家はアクションそのものが純粋で重要だと考えていたため、パンチされた紙は破れ、現存しておらず、記録が残るばかりです。

1961年ウィリアム・クラインが来日した際に、篠原はボクシング・ペインティングのパフォーマンスを披露し、その姿は後にクラインの写真集「東京」(1964)に掲載されています。

その後、1969年にニューヨークに渡航した篠原は、現在もなおニューヨークを拠点に活動を続けています。

 

絵画の多くの作品は荒々しいタッチのアクリル画で、大衆文化のひとコマを切り取ります。またペインティングと同時に、ダンボールや廃材を素材にしたオートバイ彫刻は長年にわたり制作され、代表的なシリーズの一つとして知られています。
オートバイや、裸の女性、ネオンに満ちたニューヨークの風景、ポップ・アート全盛期より一貫して、広告やメディアから抽出されるイメージは消費社会の過剰な供給と明るさを映し出します。日用品を使ったアート作品が溢れ、無限に増え続けるモノの価値を軽んじるのではなく、描くことで愛し、受け入れる。消費社会を否定せずに、自身もその渦に巻き込まれながら、体ひとつで向き合い戦い続ける作家の姿勢は一貫して変わることはありません。

 

1990年代に入り、篠原は「ボクシング・ペインティング」の制作を再開します。その名の通り、対象と真っ向から向き合い、格闘する「ボクシング・ペインティング」は、自分自身や、キャンバス、観客、ひいては社会との対戦そのものです。思考と同時に右から左にパンチが繰り出され、構図や筆圧を考える暇を与えません。途端にアクションは思考を追い越し、篠原のパンチそのものが純粋に作品となっていきます。

 

—ボクシング・ペインティングは右から左に向かってボカボカやるので、構図とか絵の具のニュアンスとか全部一切抜きにして、左右の手の絵の具ついたボクシング・グローブの両脇を振り回すスピードと思考のスピードが一緒にならなくちゃいけないでしょ。そうすると思考っていうのは限られていくわけよね。手の方が早いから。そうすると手が自分の思考をリードしていくわけ、逆に。

 

 

ここで彼にとって重要なことは、観客がいるということです。カメラや観客がない中で、「ボクシング・ペインティング」を行うことはありません。結果的に平面作品を完成させることが目的ではなく、恍惚に満ちた作家自身の感動や高揚感を伴うアクションをその場が目撃し、共に対戦することが何よりも重要となるのです。

 

ボクシング行為は単なる技法であり、作品が本命だとする見方もあり得ますし、あるいは逆にそれは美術家のパフォーマンスであって、アクションこそが本命であり、絵の具の着いた布はそのための道具に過ぎない、という見方もあり得ます。しかしそれは行為と作品の主従がない彼の作品の特徴であり、人々の前に身体をさらし、絵の具のしぶきやその場の喧騒、全てをひっくるめた「早く、美しく、リズミカル」な動きそのものがキャンバスに転写されており、行為と作品の優劣のない作品となっています。

 

ネオ・リベラリズムによる、格差社会が加速している現代において、アメリカ経済の中心であるニューヨークに50年近く拠点を置き続け、ポップ・アート全盛期から一貫して制作を続ける篠原の、およそ10年ぶりの日本での個展です。
本展では2000年初頭の作品を中心に「ボクシング・ペインティング」の大作を展示いたします。また、展覧会初日には「ボクシング・ペインティング」のパフォーマンスを行います。今年1月で85歳を迎えたとは思えない、作家の迫力ある作品をこの機会に是非ご高覧ください。